職員リレーエッセイ

  

07 すきやきの日

私が子どもの頃、家ですきやきをする日は決まって、父が台所に立っていました。
我が家のすきやきには、牛肉に大根、木綿豆腐、板こんにゃく、白ネギや春菊が入ります。
父はコンロにかけたすきやき鍋の前に立ち、牛脂でさっと炒めた牛肉に砂糖、酒、醤油で味をつけると、大根一本を手に持ち、すきやき鍋の上で大根をそぎ切りしながら鍋に落としていくのです。板こんにゃくは手でちぎりながら入れていきます。なんともワイルドですが、とても手際がいい。
ある程度火が通ると、ぐつぐつ煮えているすきやき鍋を、私たちが座っている食卓のカセットコンロの上に、ドンッと置いてくれるのです。

そんな父も89歳。
10年前までは帰省した私や私の子(孫)のために台所に立ってすきやきを作り、5年程前からは父が台所に立つのは味付けと水だしの最初の行程だけになり、あとは椅子に座る父の指導をうけながら私や孫が仕上げをするようになりました。そして今は、椅子に座っている父の指導のもと、最初から最後まで私や孫が作っています。

しかし不思議なもので、これまで何度も作っているすきやきなのに、父が作るすきやきの味にはどうしても敵わないのです。
どうすれば父と同じ味のすきやきを作れるようになるかな。いつまで父の指導を仰げるかな。
そう思う反面、父の作るすきやきの味を再現できるようになることよりも、すきやきを作る時間や、何度作っても父の味には敵わないことに、幸せを感じているのかもしれません。
今も、これから先もきっと、私たち家族にとってすきやきと言えば、「父(おじいちゃん)のすきやき」になるでしょう。

Written by 介護支援専門員 T