たんぽぽコラム

フリートーク

著者:永井康徳

  

第29回 「本人と家族で意向が違うとき、どうする?」
~『たんぽぽ先生の在宅医療パターンブック』パターン8 より~


看取りの支援は百人百様です。患者さん本人が望む最期と、ご家族が望む最期が、まったく違う。在宅医療の現場では、本当によくあることです。
基本原則ははっきりしています。本人の身体であり、本人のいのちなのだから、ご本人にとっての最善を第一に考えること。でも、現実はそう簡単にはいきません。
今回は、拙著『たんぽぽ先生の在宅医療パターンブック』パターン8「本人と家族で意向が違う場合」から、私が実際に経験した3つのケースを通して、一緒に考えていきましょう。

【ケース1】 本人の意思は明確でも、家族の意見が違う場合
チエコさん、90歳の女性です。がんとわかったときには、すでに治療ができる段階ではありませんでした。ずっと1人で暮らしてきたチエコさんは、「住み慣れた自宅で亡くなりたい」と、独居での看取りを覚悟して退院を希望されました。
ところが、退院調整の際に、県外に住む長女さんが、お母さんのかかりつけ医や転院先と大喧嘩をしてしまったのです。信頼していた医療機関では診てもらえなくなり、当院に紹介されてきました。紹介時には、いわゆる「モンスター家族」と思われるようなトラブルだと聞いていました。
でも、退院前カンファレンスで初めてお会いしたとき、長女さんはこうおっしゃったのです。「母親にはずっと生きていてほしい。母が死ぬのが怖い」と。

私はお伝えしました。
「生きていてほしいと思うのは当たり前です。でも、今のお母さんは誤嚥して食べられない状態です。末梢の点滴はスポーツドリンク程度の効果しかなく、処理できない水分が胸水や痰になって、かえってお母さんを苦しめてしまいます。医療を最小限にすれば、本人が食べたいものを食べて、自分らしい最期を迎えることもできますよ」と。

長女さんは納得され、点滴の中止と自然な看取りを選ばれました。それでも、いよいよというとき、長女さんは「こんなに早いと思わなかった」と一時はパニックに。それでも落ち着きを取り戻し、ご自宅でお母さんを看取ることができました。
「本当に苦しむことなく、眠るように亡くなったから」。長女さんは、安らかに旅立ったお母さんの様子に安堵されていました。激しい言動は、「お母さんを失いたくない、死を目の当たりにするのが怖い」という悲しみと恐怖の裏返しだったのです。

【ケース2】 「いらんことすな!」という本人の思い
ヒサオさん、88歳の男性です。食べる量が少なくなってきたヒサオさんを心配したご家族から「点滴をしてほしい」と依頼があり、私が訪問して点滴をしようとしたとき。ヒサオさんはいきなり筆をとって、白い紙にこう書いたのです。「いらんことすな!」。いらないことをするな、ということですね。
ヒサオさんは職人気質の頑固な方で、点滴を望んでいないことは、私たちにもわかっていました。一方で娘さんは、頭では理解していても、お父さんが食べられなくなると心配になって、点滴を希望される。「ヒサオさんはどう思っていらっしゃるでしょうね」と尋ねると、「点滴は嫌だと言うでしょうね」と納得されるのに、次の訪問時にはまた同じ気持ちを吐露される。その繰り返しでした。
そんなある日、ヒサオさんは「いらんことすな!」とメモに書いて、手でバツをつくり、精いっぱいの意思表示をされたのです。それを見た娘さんはハッとして、「父は点滴で延命することを望んでいなかった。父らしく生ききって、自然な最期を迎えることを望んでいるのだ」と、お父さんの気持ちをしっかりと受けとめられました。数日後、ヒサオさんは一番安心できるご自宅で、ご家族が見守る中、穏やかに旅立たれました。

【DoingとBeing】 「施す医療」と「寄り添う医療」
この話をしたとき、ある専門職の方から聞かれました。「先生は、患者さんに拒否されてショックを受けなかったのですか?」と。私はショックどころか、むしろ「よくぞ言った」と思ったくらいです。なぜか。あの点滴は、ヒサオさんのためではなく、娘さんの、父親を思う気持ちに応えるために行おうとしていたからです。
医療には「Doingの医療」と「Beingの医療」があります。Doingの医療は「施す医療」。患者の意思よりも医療が優先される医療で、一刻を争う救急医療がその最たる例です。それに対してBeingの医療は「寄り添う医療」。在宅医療がまさにそうです。
ただ、この境目はわかりづらい。専門職が寄り添っているつもりでも、「これは患者さんにとって良いことだから」と、患者さんが望んでもいないことをやってしまえば、それはDoingの医療になってしまう。専門職が専門的に正しいことをしようとするときに陥りやすい、ワナのようなものなのです。

【ケース3】 精神疾患患者の終末期、尊重するのは誰の意思か
最後は、統合失調症で慢性腎臓病も患っていたユリさん、87歳です。ユリさんは治療も服薬も食事も拒否し、状態は悪化。一方、キーパーソンである姪御さんは救急搬送を強く希望され、4カ月間で5回も救急搬送されました。でも搬送されるたびに、ユリさんは治療も入院も拒否して退院してくる。ついには救急隊員から「本人が拒否しているのに搬送はできない」と断られる事態にもなりました。
予後が週単位となったとき、クリニックで話し合いました。「もし今、急変してご家族が搬送を希望したら、応じるのか」と。私はこう断言しました。「統合失調症であっても、本人の意思は明確で一貫している。もう看取りの最終段階です。本人の命であり、身体なのだから、当院としては最終的に本人の意思を尊重する。搬送はせず、施設で看取る。何かあったとしても、法人として理事長の私が責任を取る」と。
結局、ユリさんが急変することはなく、3日ほどして、施設で静かに息を引き取られました。チームとしての決断が難しいとき、リーダーが一定の覚悟を指し示すことも必要なのだと思います。

【5つのキーポイント】
本人と家族で意向が違う場合のキーポイントは、次の5つです。

① 本人の身体であり、いのちであり、一番優先すべきは本人の意志と希望である。
② 家族にとっても最後に納得できる結果が得られるよう、すべての選択肢を丁寧に説明し、一緒に迷いながら何度も話し合いを重ねる。
③ すべてのキーパーソンを早めに巻き込む。
④ 本人に関わる多職種のチームで話し合いを重ねる。
⑤ 最終的に意見がまとまらないときは、リーダーが方針を決定する。

正解はありません。でも、見送ったご家族が「その死に納得できるか」は、大きな指標になります。そのご家族にあった支援が見つかるまで、あの手この手を繰り広げる。だからこそ求められるのは柔軟性であり、多職種チームの力なのです。

【終わりに】
いつか亡くなるとき、ご本人がどんな最期を迎えたいと思っているのか。そこに思いを馳せて、ご家族と一緒に悩み、ご家族が納得できる選択にたどり着くまで、寄り添っていきたいものです。
この内容は『たんぽぽ先生の在宅医療パターンブック』パターン8に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。

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