たんぽぽコラム

在宅クリニック運営のノウハウ

著者:永井康徳

  

第2回 在宅専門クリニックが『有床診療所』をつくった理由

たんぽぽクリニックは、2000年に在宅医療に特化したクリニックとして開業しました。24時間いつでも対応できる、質の高い在宅医療を地域に提供するために、あえて外来も病床も持ちませんでしたが、2016年に16床の病床をオープン。
入院しても自宅と同じようにくつろげて、おうちのような温もりのある場所になるようにとの願いを込め、「たんぽぽのおうち」と名付けました。
現在、有床診療所は全国で毎年数百施設ずつ減っており、最近20年間で約三分の一と減少の一途を辿っています。有床診療所が激減している理由は、経営難と人材確保困難のためです。このような背景があるにもかかわらず、私たちはなぜ、あえて有床診療所をオープンしたのでしょうか?

50歳代のがん末期の女性がいました。ご主人と成人した子どもさんたちには障がいがあり、自宅での療養には課題が山積し、ご家族だけでなく私たち医療者にも不安がありました。自宅での看取りは介護力の観点からも到底無理ではないかと予測していたのです。
それでも患者さんの療養生活の不安を少しでも軽減するために、私たちは医療的な関わりだけでなく、経済的な課題の解決、奥さんが亡くなった後のご家族の生活設計にいたるまで、行政や多事業所・多職種と連携しご家族を丸ごとサポートしていきました。その甲斐もあってか、患者さんの病状は安定しご家族の献身的な介護を受けて自宅で穏やかな日々を過ごしていました。

お看取りが近づいた時、私たちはご家族だけでは患者さんを支えきれないと判断し緩和ケア病棟への入院を勧めました。しかし、ご家族は頑として入院を拒みました。「先生、入院して新しい人間関係をつくるのは大変なんや!」ご主人の力強い言葉に、私たちはハッとしました。入院するということは、入院先で新たな人間関係を構築しなければならないということ。このご家族にとってそれは想像もつかないほど苦しいことなのだと、もっと思いを馳せるべきでした。

自宅での看取りが難しい患者さんが病棟へ入院しても、診療で訪れていた顔馴染みの医師や看護師が最期まで寄り添って看てあげられるようにしたい。それまで私の中に浮かんでは消えていた病床設立計画が、このご主人の一言で動き出したのです。患者さんとご家族に安心をもたらし、最期の看取りまで支え続ける在宅患者のための病床「たんぽぽのおうち」はこうして誕生したのです。

たんぽぽのおうちには五つの機能があります。たんぽぽのおうちの機能の一つ目は、在宅療養準備のため病院から診療所の病床へ移行する「トランジット機能」です。急性期病院で何らかの治療を受けた後、いきなり自宅に帰るのは、患者さん・ご家族にとってまだまだハードルが高いようです。その理由として、急性期病院は在院日数が短く、患者さんが生活の場に戻るための十分な情報提供や準備を行う間もなく、不安を抱えたまま退院を余儀なくされることがあります。一方、病院から診療所へ転院するのなら、病院側もその後の対応がイメージできます。当院に相談をいただき、転院後は在宅医療のプロである私たちが支援して調整すれば、どんな状態でも安心して自宅に帰り療養を続けられるようになります。現に、たんぽぽのおうちを開設して以降、病院からの重度患者や看取り患者の紹介が大幅に増えました。

機能の二つ目は「看取り機能」です。当院ではこれまでも9割近くの方を在宅で看取っていたのですが、介護力等の問題により、家で看るのはどうしても無理な場合があります。そのような方にも入院していただき、在宅で診ていた医師が引き続き診療することで患者さんやご家族は安心して療養できると思います。看取った後のご家族は、「ここでよかった」と満足感も得られるようです。

三つ目は「レスパイト機能」です。在宅患者の介護者が疲れた時に、一時的に「たんぽぽのおうち」に入院することで介護者は休むことができ、リフレッシュしてまた在宅療養の継続が可能になります。

四つ目は「食支援」機能です。介護食士の資格を持つ調理師を中心とし、言語聴覚士・管理栄養士等が協働して、患者さんに最適な嚥下調整食を提供しています。病床の調理室『たんぽぽクックラボ』では、患者さんが食べやすくおいしい料理を日々研究し、亡くなる前も絶食にするのではなく、患者さんの思い出の味やお好みの料理を提供する取り組みもしています。

五つ目は「障がい短期入所」機能です。小児から若年者を対象に、人工呼吸器管理や吸引、経管栄養等の医療的ケアを必要とする方が、日中のデイサービスや宿泊サービスとして利用しています。この機能は医療保険からではなく、障害福祉サービスとして設定されているので、現在手厚い報酬が手当てされており、有床診療所の経営改善にも大きな役割を果たしています。

「たんぽぽのおうち」ができたことで患者さんもご家族も安心して自宅で最期まで過ごせるようになり、私たち医療従事者も在宅療養が困難な患者さんに安心して提案できる選択肢が増えたのです。ご自宅で大切に介護されている患者さんが入院しても、「おうち」に居るように、またはそれ以上に手厚いケアが提供できることを目指し、「たんぽぽのおうち」での多職種による支援を続けていきたいと考えています。

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