たんぽぽコラム

在宅クリニック運営のノウハウ

著者:永井康徳

  

第10回 困難事例にどう対応するか?

在宅医療で困難事例といった場合、病気や治療の複雑さを指すことはまずありません。介護事業所や医療機関への支払いが滞る経済的困窮のほか、ゴミ屋敷といった患者の療養環境の問題、介護放棄または反対に患者のケアに細かいルールを課してくる家族の問題や、受診すべき患者本人が襖の陰に隠れて出てこない、もしくは医療・介護関係者に対する暴言や暴力など、患者自身のパーソナリティに問題がある場合など、経済的なことや療養環境、患者や家族のパーソナリティに関わることが多いのではないでしょうか。

私が開業した頃は重症の患者か、そういった問題の多い患者しか紹介されなかったので、患者に包丁を持って追いかけられたり、殴られたりといったことも経験しました。しかし私は、問題の多い患者を断ろうと思ったことはありません。理由は3つです。

まず第1に、私はたんぽぽクリニックを「地域の最後の砦」にしたいと考えていたからです。他の医療機関で断られた患者や、どんな問題を抱えた患者、重症患者であっても、ここならば受け入れてくれるという安心を地域に提供したかったのです。
この理念の下、どんなに問題を抱えた患者であっても引き受け、多職種で話し合い、解決方法を模索していきました。そうして積み上げていった経験が、知らぬ間に自分たちを成長させていたようです。独居の看取りや、患者・介護者共に病気や障害でコミュニケーションが十分に取れないケースのような、一般的には困難事例といわれる患者が紹介されたとしても、職員は動揺することもなく、解決策を次々と提示して訪問診療を導入していくのです。

このように困難事例を経験することで自分たちが成長できるということが、断らない2つ目の理由です。今でも病院から「こんな問題のある患者を紹介して、申し訳ないのですが…」と言われることがありますが、そう言われたら「大変な患者さんこそ、自分たちを成長させるので紹介してください」と応えよう!と職員を教育しています。

そして3つ目の理由ですが、そもそも困難な事例は、実はたいして困難ではないということです。課題を1つ1つ分析し、しかるべき機関につなぐと解決することが多いのです。また、患者や家族のパーソナリティの問題は、患者や家族の話をよく聞くとパーソナリティではなく、専門職側の対応に問題があることがほとんどです。
時々「別の在宅クリニックから診療拒否をされたので、引き受けてほしい」という患者が紹介されてきます。こういった場合、その理由は家族が患者を大切にするあまりに専門職への要求が多くなり、それにいちいち応えていられなくなり、医者に物申すなどけしからん!と腹を立てて断る場合がほとんどです。
職員が嫌がるからという理由で、問題の多い患者を受け入れないクリニックと、自分たちを成長させてくれるからと受け入れ続けるクリニックでは、数年も経たないうちに大きな違いを生みます。地域で存在価値をもつのはどちらのクリニックなのかは、自明の理でしょう。

また患者が医師を拒絶するのは、「医師は自分の敵だ」と考えているからです。以前、紹介を受けたものの、患者本人から「来なくていい」と断られたことがありました。60代の胆管がんの患者で、病状を聞くといつ亡くなってもおかしくないような状態だったので、患者宅に行くことにしました。最初は我々を拒絶していましたが、「僕たちはあなたのお手伝いをするために来たのですよ。何かしたいことはないですか?」と聞くと「タバコが吸いたい」と答えたので、「吸ってもいいですよ」と言ったら、急に患者の態度が変わり、我々を受け入れました。 病院ではタバコが吸えない、死ぬまでにもう一度タバコが吸いたいと思って自宅に戻ったのに、医師が来るとタバコを禁止されると考えて、診療を拒否したのでした。そんな単純な理由でと思うでしょうが、パーソナリティに問題があると思われる患者や家族の訴えをよく聞くと、人として、もしくは家では当たり前のことを禁止されたり、お願いしてもやってもらえないことに不満を抱えていたりすることがほとんどなのです。

患者との信頼関係を初回で築く方法はいくつか述べてきましたが、困難事例と思われる患者や家族と信頼関係を築く方法として、次の3つのポイントも追加します。
①患者家族に自分の味方だと思ってもらう
②自分の生活を制限するのではなく、一番つらいことをなんとかしてくれる人だと認識してもらう
③相手の目を常に見ながら、相手の反応に合わせて言い方や態度などを変え、柔軟に対応する

なお、断ってもよい患者についても職員に伝えています。まず、自分たちに危害を加えようとしている人、そして、どのように関わっても信頼関係が築けない場合です。しかし、こういうケースは経験上1,000人に1人くらいしかいません。99.9%は、何の問題もない人なのです。

今日の3つのポイント
①問題の多い患者こそ、自分たちを成長させてくれると理解し、職員一丸となって引き受けよう
②問題と思われるほとんどのことは、実は解決できる
③避けるのか、引き受けるのか。その積み重ねは、いずれ地域での存在価値として現れる

関連動画 困難事例にどう対応するか?