たんぽぽコラム

在宅クリニック運営のノウハウ

著者:永井康徳

  

第15回 訪問看護師VS診療所看護師

在宅専門クリニック開業から24年の間に、当法人では訪問看護ステーションや居宅介護支援事業所、訪問介護事業所、訪問鍼灸マッサージ治療院といった事業所を開設し、公立の診療所の移譲を受けての民間僻地診療所開設、本院の外来と病床の開設、最近では歯科も併設して食支援や訪問歯科も行っています。もちろん最初からここまで拡大しようとは微塵も考えていませんでした。ただ、地域の課題や潜在ニーズに応えようとした結果、今の形になったのです。
ここまでの展開を考えてはいなくとも、今の事業に相乗効果を生み出すような新事業を展開したいと考えている方は多いのではないでしょうか。そこで、今回は当法人の訪問看護ステーション開設時の失敗談を紹介したいと思います。当法人では、この失敗で学んだことが、その後の新規事業開設に生きています。

訪問看護ステーションを開設したのは、開業間もなくのこと。当時は地域に訪問看護ステーションが少なく、思うように連携が取れなかったためです(今なら医療機関からの訪問看護もアリですが、当時はステーションに比べてあまりにも診療報酬が低かったのです)。
開設当時は小さな事務所で和気藹々とみんなで働いていましたが、開業2年後に社屋を建設した時に就労環境をよくしたいと訪問看護ステーション(以下、訪看)には特別に部屋を作りました。しかし、これが失敗の始まりでした。医局や事務は1階、訪看を2階にしたところ、思わぬ分断が生まれたのです。訪問看護師は帰院後に訪看部屋にこもって仕事をするため、会話をする機会が格段に減ってしまい、お互いによそよそしさが生まれてしまいました。さらに悪いことに、勤務態度の悪い医師が訪看部屋に入り浸り、スイーツ等の差し入れで看護師達を懐柔しようとしたのです。結局、一悶着あって、入り浸っていた医師と何人かの訪問看護師が辞めました。この経験の後、社屋を増築した際には、全ての職種がワンフロアーで仕事ができるレイアウトを取り入れました。全ての職種がワンフロアーにいると職種間の垣根がなくなり、相談や連携がしやすい上に連帯感も生まれるように思います。ちょっとした環境の違いが、職員の意識をこうも左右するのかと驚くほどでした。

たんぽぽクリニックでは診療に看護師が同行するため、看護師は同行看護師チームと訪問看護師チームに分かれますが、チーム間でも何かともめることもありました。どうも隣の芝生は青く見えるらしいです。そこでチーム分けをやめて、同行も訪問看護もフレキシブルに行える体制にしたこともありましたが、それもうまくいきませんでした。結局、これらを解決するには、職員一人一人の「何のために仕事をしているのか」というマインドを磨くしかありませんでした。

私自身、今振り返ると、新規事業を始める際に収支計画や資金調達をとことん考えて進めたわけではなく、「この事業があれば患者に喜んでもらえるはずだ!」という想いだけで突っ走ってきたように思います。無計画と言われればそれまでですが、「これは患者のためになる」という自分の中に強いビジョンがあったからこそ、新規事業で紆余曲折があってもなんとか乗り越えられてきました。新規事業を始めるなら、まずはトップに明確で強いビジョンが必要です。そして、そのビジョンや理念を職員にも浸透させることが大切です。

できれば、法人のビジョンや理念は言語化し、冊子などの形にしたほうがいいと思います。そして、職員が理念について考える機会や時間を定期的に持つくらい徹底しなければ、浸透は難しいように思うのです。今、当法人で「質の高い在宅医療を!」と、多種多様な専門職や事業所が一致団結して取り組めているのは、理念がベースにあるからこそであり、そのこと自体が法人の特長にもなっています。

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