たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第5回 点滴をする選択、しない選択

病院で亡くなる患者さんの多くは、最期のその時まで点滴を受け続けています。そして、ご家族も最期まで今の医学で可能なことをやってほしいと点滴を望みます。

これまで多くの患者さんから、「最期に点滴をしない方が楽である」ことを身をもって教えていただきました。この経験から、看取り期の亡くなる前の点滴について、どのようにご家族に説明すれば理解を得られやすいのかを考えています。それは、最期はご本人が楽になることが最優先となることを願うからです。それでは、どうすれば「看取り期に点滴をしないこと」の意味を理解していただけるのでしょうか?その理解のポイントは四つあると考えます。

一つ目は、亡くなるまで治癒が見込めない治療を続けるのではなく、しっかりと死に向き合うこと。「食べられないから死ぬ」のではなく、「死ぬ前だから食べられなくなっている」ということ。二つ目は、患者さんの身体にとって点滴は過剰な水分となり、処理できなくなること。三つ目は、点滴をしても元気になるわけではなく、かえって本人を苦しめる場合が多いこと。四つ目は、点滴をやめることで、最期まで食べる支援が可能となること。

点滴をしなければ、吸引は必ずしもしなくてよいのです。吸引しなくてもよいということは、唾液程度の量なら飲み込めているということ。ご本人が食べたいものを最期まで食べる可能性が広がります。食べたいものを、食べられる食形態にして、食べたい時に、食べたいだけ食べていただく。食の取り組みを支援し、実際にそれが叶うことで、本人もご家族も思いがけない喜びに満たされる光景をたくさん見てきました。

しっかりと死に向き合い、以上の四つのことをお話しして納得されれば、ほとんどの方が点滴をしない自然で楽な最期を選択されます。しかし、点滴をしないことが目的なのではありません。点滴を希望されるご家族には、本人のしんどい症状を軽減しながら、徐々に点滴を減量して最適な量に調整していきます。本人とご家族にとって、最期に納得することができるように、どのような選択になっても、一緒に迷いながら寄り添い続けることが大切だと思います。

死に向き合い、本人がどんな最期を望んでいるのかに周囲の皆が思いを馳せることが必要です。点滴をする選択肢もあれば、しない選択肢もあります。それぞれの長所と短所を理解した上で、後悔のない選択をしてほしいと思います。そのためにも、医療者には本人やご家族に納得のいく説明をする力量と、多様な選択を認める包容力が求められると思います。人は生まれたらいつか必ず亡くなります。そのことに誰も異論はないことでしょう。それにもかかわらず、私たちは死に向き合う機会を持てていないように思うのです。

関連動画 点滴をする選択、しない選択

それぞれの長所と短所を理解した上で、後悔のない選択を。