たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第8回 最期の3日間

患者さん本人が自宅での看取りを強く望んでいても、介護者が仕事をしていたり、介護に不安があって自宅での看取りが難しくなり、病院や施設で看取るケースは多いと思います。在宅で手厚くサービスを入れることはもちろん可能なのですが、そんな時、私は介護される方に、「亡くなる最期の1週間、もしくは3日間、仕事を休んで看ることは可能ですか?」とお聞きします。それが可能なら自宅での看取りは十分可能だと思うからです。「最期の3日間」で自宅に戻り、家族のもとで看取ることができる。死に向き合うことで可能になる選択肢があるのです。本人のいちばん安心できる自宅で最後の時間を迎えることは、亡くなった後のご家族の気持ちも癒やしてくれるでしょう。

自宅看取りは選択肢の1つでしかない
自分の家族が余命半年となったときに「自宅で介護をしよう」「自宅で看取ろう」と最初から覚悟を決めて臨める方はほとんどいません。大多数の方にとって、家族の介護も看取りも初めての経験ですから、今後の見通しや予測がつかず、不安と混乱の中で右往左往しているというのが実情です。
そんなご家族に代わって、考えられる限りの選択肢を提案し、後悔の少ない選択ができるようにサポートするのが、在宅医療に携わる専門職、プロの仕事だと私は考えています。患者さん・ご家族にとっての最善の選択を一緒に悩んで考えていく中に、「自宅での看取り」という選択肢があるだけなのです。

肺がん末期の母親と一緒に暮らしているミヨコさん(仮名)は、最初は「仕事があるので、自宅で看取りはできない」と言われていました。しかし、最終的にミヨコさんは『最期の3日間だけ』がん末期の母親を自宅に連れて帰って一緒に過ごし、看取りました。
ミヨコさんの悩みや不安に対して私たちがどんなサポートを行い、ミヨコさんが何をどのように選択していったのかを紹介したいと思います。

在宅医療への移行
ミヨコさんのお母さん(80代)は肺がん末期とはいえ、当初は当院外来に歩いて通院できるくらい状態が安定していました。しかし、脳転移が進行して転倒を繰り返すようになり、自宅で療養したいという本人の希望に添って訪問診療に切り替えました。
ミヨコさんは薬剤師として働いているため、日中のお母さんは独居状態です。ミヨコさんも仕事をしながら介護を頑張り、訪問看護や訪問リハビリのサービスなども利用し、お母さんが一人でいる時間帯は多職種でサポートしていました。しかし、2ヶ月ほどして、徐々に一人で動けなくなったお母さんを、ミヨコさん一人で介護するには負担が大き過ぎるのでは?という課題が出てきたのです。

介護負担軽減のため、施設利用開始
そこで一旦、当院の病床「たんぽぽのおうち」に入院して、お母さんの状態を確認することにしました。食事や排泄は一人でも大丈夫なのですが、転倒のリスクが高く、一人で過ごすのはやはり危険だということでショートステイの利用が決まりました。お母さんが自宅とショートステイを行き来するのであれば、仕事を休めないミヨコさんもなんとか介護が継続できそうでした。しかし、施設利用は長くは続きませんでした。ショートステイ中、しばらくの間はお母さんの状態も安定していたのですが、急に食事がとれなくなってしまったのです。
「食事がとれなくなると10日程度で亡くなる可能性があります」。私はミヨコさんにそう説明し、どこでお母さんを看取るのかについても話し合いました。ミヨコさんは自宅での看取りはできないと言われたので、当初はこのまま施設での看取りを考えていました。しかし、2つの問題がありました。1つは、新型コロナウィルス感染防止のため、家族であっても面会ができないこと。2つめは、施設スタッフに看取りの経験がなかったことです。看取り経験のない施設であっても、私たちがしっかりフォローすれば問題ないのですが、感染対策のために看取り期であっても家族がそばにいられないというのが何よりの痛手でした。そのため、当院の病床に再び入院することになりました。

看取り期となり当院へ再入院
当院の病床では、看取り期の患者さんにだけはご家族の面会制限を緩めています。ミヨコさんもできる限りお母さんに付き添い、喜ばしいことに、お母さんはスタッフの介助で食事が食べられる状態にまで回復したのです。
看取り期を脱したため、退院後の療養先を考える必要が出てきましたが、ミヨコさんはやはり、「仕事が休めないので、自宅には連れて帰れない」と言われました。ショートステイと当院の病床を行き来して、最後の看取りは当院でという方針になりかけたのですが、私はミヨコさんにはもっと後悔が少なくなるような選択肢があるのではないか?と思い始めたのです。

(ミヨコさんが後悔しないために考えたポイント)
①お母さんは脳転移が進行してほとんど眠ったような状態で、痛みを訴えることがない。脳転移のある末期がん患者の特徴「傾眠傾向でも声をかけると目を覚まし、少量の食事を口にできる」「十分な量が口から食べられなくなっても、食べられるものだけを口にすれば、穏やかに最期を迎えられる」ことを以前からミヨコさんには説明していたため、点滴は希望されていなかった。
 →吸引の必要がないので、介護はそれほど負担にはならないはず。
②ショートステイではミヨコさんへの面会はできない。当院の病床も1、2名の付添いなら許可できるが、ほかの親戚や孫までとなると制限せざるを得ない。

①②を考慮すると、ミヨコさんを自宅で看取ることが誰にとっても一番後悔が少ない選択だと思いました。しかし、ミヨコさんは介護のために仕事は休めないと言います。そこで、私はミヨコさんに「3日間なら仕事を休めますか?」と提案したのです。

ミヨコさんに自宅での看取りを提案
「排尿がなくなれば3日で亡くなります。排尿が亡くなった段階で、お母さまを自宅に連れて帰ってあげてはどうですか? 面会に制限のある中で看取るよりも、自宅なら最期まで自由にご家族と過ごせますし、ミヨコさんにとってもかけがえのない時間になりますよ」とお話ししました。
ミヨコさんは「少し考えさせてください」とのことでしたが、その後「3日間なら仕事を休めるので、自宅で母を看たいです」と言われました。人の命のことですから、3日が1週間、10日になる可能性もあるということを踏まえた上でのお返事でした。

「亡くなる3日前」に自宅へ
自宅に戻ったとき、ミヨコさんが「家に戻ったよ!」と話しかけると、お母さんは視線をミヨコさんに向け、安心した表情でミヨコさんの手を握り返したそうです。自宅では、ほかの娘さんやお孫さんとの時間を過ごし、ちょうど3日後に旅立たれました。
葬儀を済ませたミヨコさんからのお手紙には、自宅介護でつらかったときにスタッフが寄り添ってくれたこと、介護をあきらめたときも自分の希望にとことん応えてくれたこと、再度の入院でも看護を超えた温かい心遣いがあったことに感謝を述べられ、それらの積み重ねがあったからこそ、最後に自宅に連れて帰るという選択ができたと記されていました。

「死に向き合っている」からできる選択ミヨコさんが決断できたのは、母親の死にしっかりと向き合ったからです。主治医が患者の死期を曖昧にすることなく、「食事や水分が全くとれなくなったら1週間」「排尿がなくなれば3日」と予後をしっかりと伝えることで、ご家族は死に向き合い、覚悟を決めることもできます。同時に、「ご家族の後悔が少なく、最終的に納得できる選択は何だろう?」と常に患者さんとご家族の立場で、考えられるすべての選択肢を提案することが「納得できる看取り」につながります。「自宅看取り」は、あらゆる選択肢の中から導き出される、納得できる看取りの選択肢の1つなのです。

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