たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第11回 家で臨終を迎えるとき

在宅医療専門のクリニックを開業して二十年近く経ちますが、患者さんが「亡くなる瞬間」に立ち会うことはめったにありません。それは、亡くなる瞬間にどう対応したらよいかをあらかじめご家族にお話しているため、亡くなられた後、十分にお別れしてから私たちが呼ばれるからです。先日、緊急の往診ではなく、いつも通り診療に伺った際に、60代の末期がんの患者さんの臨終の場面に遭遇しました。

私は部屋に入ってご本人の顔を見るなり、「亡くなる直前だ!」と分かったのですが、ご家族には分からなかったのでしょう。奥さんは、「主人は今朝はよく眠っています」と少しのんびりした感じで言われました。娘さんは別室で、訪ねてきた友人と楽しげに話をされていました。
「もう亡くなられますよ、ご家族に集まってもらってください」と私が声をかけても、「え?こんなに穏やかなのに? さっき話しかけたら答えてくれましたよ」と臨終であることが信じられないようでした。
病院には心電図モニターがあり、心臓が止まる瞬間も機械が知らせてくれますが、在宅医療ではモニターを装着することはまずありません。家での臨終は、機械音のないとても静かな時の中で迎えるのです。娘さんは母親に呼ばれ、急いで父親がいるリビングへ生後間もない赤ちゃんを抱いて入ってきました。

私はご家族に、「近くに来て声をかけてあげてください」と声をかけ、看護師と共に、ご家族がご主人の体に触れやすいように場を整えました。臨終の際に家族が声をかけたり、体をさすったりすることは自然に行えそうに思えますが、家族はそのような場面では気が動転していることが多く、ただ茫然と立ちつくしたまま、最期の瞬間を迎えることもあるのです。
ご家族は、ご主人の体をさすり、声をかけ続けました。娘さんは抱いていた赤ちゃんを、父親の枕元にそっと寝かせました。間もなくご主人は、かわいいお孫さんに添い寝をされながら静かに旅立たれました。

奥さんは、死亡診断書を書いている私に、ご主人が療養していたお部屋いっぱいに飾られている絵のことや、これまでどのように家族で生きてきたのかということを話し始めました。私はその話を伺い、ご主人は臨終の時がわからないほど穏やかに最期を迎えられたことを伝え、奥様に十分に介護されたことへの労いの言葉をかけました。「お孫さんに添い寝されながらの旅立ちは、なんと幸せなことだったでしょう」と声かけすると、ご家族は涙を流しながら笑顔でうなづかれていました。

このように、家族が大切な人の臨終を見極めるのは、医療者が考えるほどたやすくはありません。しかし、恐れることはありません。家での看取りには、各々の幸せな臨終の迎え方があることに、私は感動すら覚えるのです。

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