たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第22回 胃瘻するか否か

たまきさん(89歳)は、施設で暮らしていましたが、脳梗塞を起こして入院。寝たきりの状態となり、経口摂取が困難な状態となりました。退院に際し、主治医は胃ろうを進めましたが娘さんは拒否し、経鼻栄養で命をつなぐ状態でした。自宅に戻り、当院が訪問診療を開始し、今後の治療やケアの方針について娘さんと話し合いました。

たまきさんは動く左手で経鼻チューブを抜こうとするために、左手が動かないように拘束されており、娘さんはそのことを申し訳なく思っていました。そこで私は「食べられるなら、少しでも自分の口から食べさせてあげられるようにリハビリもしていきましょう。でも、経鼻チューブでは、飲み込みの障害にもなり誤嚥のリスクも高くなります。様子を見て、落ち着いているようなら、高齢ではありますが、胃ろうも1つの選択肢かと思います」と提案しました。ただ、経口である程度食べられるようになれば、経鼻チューブを抜いて口から食べられるだけ食べて、自然にみていく選択肢もあることも併せて説明しました。

選択に迷う娘さんに、私は「お母さんがもし今、昔と同じように判断ができて話せるとしたら、どのように答えると思いますか?お母さんの命はお母さんのものです。家族の思いもあるでしょうが、一番尊重すべきは、お母さんの思いです。お母さんは今は自分の意思を表明できませんが、お母さんの生き方や価値観、人生観を一番よく知っているのはご家族です。お母さんの気持ちに思いを馳せて考えてみてください」と話しました。

娘さんは決断できずにいましたが、その後も何度も経鼻チューブを引き抜いてしまったたまきさんに「やはり、お母さんは経鼻チューブを嫌がっている」と思うようになり、胃ろうにしたいと思うようになりました。入院し、胃ろう造設の説明を受けた娘さんは、もし今、お母さんが意思を表示できたなら、鼻の管も抜いて口から食べられるだけ食べて、自然に逝きたいと思うはずだと考え直し、手術を止め、自宅にたまきさんを連れて帰りました。

自宅に戻っても、娘さんは経鼻チューブを抜くべきかどうかといつも私たちに相談されました。その度に、当院の医師や訪問看護ステーションの看護師は娘さんと一緒に悩みました。そして「この問題に正解はありません。一緒に悩んで、本人とご家族が最も後悔のない選択を探しましょう」と話していました。経鼻チューブからの注入量を減らしていくと、たまきさんの体はむくみもなくなり、喀痰吸引も不要になりました。そして、穏やかに旅立たれました。

患者本人が意思を表明できない状態の場合、医療従事者は往々にしてキーパーソンやご家族の意思を優先してしまいがちですが、患者さんの命は患者さんのものです。「本人ならどう考えるか」を、患者さんのことをよく知るキーパーソンやご家族が思いをめぐらせることができるように助言することも必要だと考えます。

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