たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第23回 告知に向き合う

病気が治らない段階になった時、患者さんもご家族も死について考えたくないと思ってしまうのは仕方がないのかもしれません。しかし、本人たちが告知を希望しないからと言って、終末期になっても告知をしないままで、後悔しない最期を迎えることはできるのでしょうか?

背中に痛みを感じたアキコさん(仮名)は総合病院を受診したところ、膵臓がんと診断されました。すぐに抗がん剤治療が施されましたが奏功せず、2ヶ月後には緩和ケアへと移行したのでした。アキコさんはまだ45歳という若さで、8歳になる一人娘がいました。しかし、コロナ禍で入院中は面会も叶いません。そのため、アキコさんのご主人は自宅にアキコさんを連れて帰って、娘と思い出づくりをさせてやりたいと考えたのでした。ただ、アキコさん自身はまだ抗がん剤治療を続けることに一縷の望みを持っていて、治療中止を主治医から説明されて理解はしているものの本心では納得できず、苛立つ日々を送っていたようです。

退院を翌日に控えてカンファレンスが開かれ、患者側はアキコさんのご主人が、私は在宅主治医として出席しました。
病院主治医からアキコさんの病状が説明され、他の病院スタッフからはアキコさんが娘さんに料理を教えたいと希望していることが伝えられました。私は娘さんに母親の病気や予後のことがきちんと伝えられているのか心配になったので質問したところ、「娘さんには病気のことはまだ何も伝えていないので、在宅側で行ってほしい」と言われたのです。

子どもにどう告知をすればいいのか?そもそも、子どもに告知をするべきなのかどうか?と悩む医療職は多いと思います。子どもへの告知は特に配慮が必要ですが、私は告知するべきだと考えています。
子どもだから説明してもわからない、わざわざつらい思いをさせることはないと告知しないでいると、子どもは逆に病気の親の姿や周囲の大人の言動から子どもなりにいろいろと想像して一人で思い悩むものです。私はその方がよほどつらいのではと思います。

子どもへの告知には次の3点を、できれば親から伝えるほうがいいと考えています。
・お母さんはこれまで一生懸命治療を頑張ってきたけれど、もう治らない病気であること
・お母さんは限られた命であること
・だから亡くなるまでいろいろなお話をして、いい時間をつくろう

私はこれらのことを言い方も含めて具体的に話し、ご主人も真剣に聞いていました。
その後も、今後のケアについて話し合われたのですが、途中で病院主治医が「予後は本人にもご主人にも伝えていません」と言ったのです。ご主人も「ふたりで相談して、聞かない選択をしました」というではありませんか。娘さんどころか本人にも御主人にも予後を伝えていないなんて驚きのあまり言葉も出ませんでした。
アキコさんの病状では、予後は1ヶ月といったところです。それなのに、残された時間のことを伝えないままに今後のことを話し合うなんて・・・と驚くと同時に、予後を知らされていないご主人に対して「子どもへの告知の方法」を伝えてしまったことで、ご主人がショックを受けていないかと気になりました。そこで、「現時点では聞くことは難しいかもしれません。しかし、いつかは向き合わないとならないことです。少しずつ話していきましょう。チームでよりよい最期が迎えられるように頑張っていきましょう」と私は声をかけました。翌日から始まる訪問診療では、告知も含めて看取りの支援をしっかりしていこうと思ったのでした。

自宅に戻ってきたアキコさんは「いつまでも寝ていたら、寝たきりになってしまうので、元気になってポータブルトイレに行けるようになりたい。車いすに乗って、娘に料理を教えたい」と希望を口にされました。予後を知らない分、さまざまな期待があるのでしょう。しかし、私はあえて「食事が摂れるようになったら少しは元気が出るかもしれませんが、残念ながらがんは進行していくので、今後悪化していく可能性が高いです。娘さんにも隠すのではなく少しずつ説明していきましょう」と伝えました。

初診ではご本人やご家族の様子を知る必要もあって、あまり核心に迫る話はしませんでした。次回からはきちんと話し、アキコさんとご家族が死に向き合えるよう支援をしようと考えていたところ、なんと私が新型コロナに感染してしまったのです。
私が自宅療養している間も、他の医師により週3回の訪問診療は継続されていました。しかし、しっかりとした告知は行われていなかったのです。私が再度訪問できたのは、初診から3週間後のこと。告知がすっかり遅くなってしまったと思いながらアキコさんの家を訪れると、ご家族の様子が前回とはまったく異なっていたのです。娘さんがお母さんにべったりくっついて甘えていて、アキコさんも愛おしそうに娘さんに接していました。

診察が終わり、別室でご主人に話そうとしたところ、「妻と娘には、退院した日に私から話をしました。治療はもう難しく、長い間は一緒にいられないこと。だからこそ、よい時間を過ごせるようにしようと話しました」と言われたのです。ご家族の様子が変わっていた理由はこれでした。ご主人が妻の死に向き合えたことで、お二人に対しても死に向きあえるように話ができたのです。そして、娘さんなりに父親の言葉を受け止めて、行動していたのでしょう。
ご主人はさらに、退院の1週間後が娘さんの誕生日であり、一緒に祝うことができたこと、車いすに座れるようになったことで念願だった娘さんと一緒に料理ができたことも話してくれました。

ご主人は日中、農家の仕事をしながらも、朝晩は奥さんの介護や娘さんの世話をされています。このご主人なら、アキコさんを自宅で看取ることができると私は確信しました。私は看取りのパンフレットを使って、今後予想されるアキコさんの心身の変化や対応法、心構えをお話し、アキコさんはこれからも気持ちが揺れ動くことがあるけれども、動じずに受けとめるように伝えました。
アキコさんは状態が悪化していく中で、「入院して、もう一度抗がん剤治療が受けたい」と言われたり、親戚から「入院させた方がいいんじゃないのか?」と言われたのですが、入院してしまうと家族がそばにいられないからと、ご主人は自宅療養を支え続けました。そして、退院1ヶ月後、アキコさんは自宅で穏やかに息を引き取りました。「最後に家に帰れてよかったです。入院のままだと会えなかったので」とご主人はおっしゃっていました。

もしも、ご主人が死に向き合っていなかったら、どこかの時点でご主人の気持ちも揺れ動き、アキコさんは入院していたかもしれません。「死に向き合うことで、人はこれほど強くなれるのだ」ということを今回、アキコさんのご主人にあらためて教えられました。

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