著者:永井康徳
「心から先生を信頼しています。家で最期を迎えるためのお手伝いをお願いします」
訪問診療の初日、ユキミさん(88歳)はそう話し、病状の告知を望まれました。腹膜播種と多臓器への転移があり、予後1ヶ月という厳しい状況でしたが、病院では納得のいく説明がなく、「自分の体のことをはっきり知りたい」と強く訴えていました。家族もその願いを尊重し、本人に病状を伝えることになりました。
ユキミさんは過去に家族の看取りで当院と関わりがあり、「ここなら本当のことを話してくれる」と信じて託してくれたのです。告知を受けたユキミさんは、「人はいつか亡くなる。余命を知った上で人生の終いをしたい」という覚悟を静かに見せてくれました。
その後、家には親戚や友人が集まり、ユキミさんは笑顔で過ごしていました。「友達に会いたい」「あのレストランで食事がしたい」と願いを話してくれ、当院の「望み叶え隊」が動き、体調に配慮しながら外出の準備を進めたのです。
体調が変化し続ける中で、スイカやいちじくのゼリーといった小さな「夢」を叶える支援も行われ、「おいしい…何でこんなに優しいん…?」と喜ぶユキミさんの姿がありました。数日後、家族に見守られながら静かに旅立たれたとき、赤いビロードの帽子をかぶったその姿は、美しく誇らしく感じられました。
告知には今も壁があります。家族が「知らせるのはかわいそう」と考える気持ちも理解できますが、病状を察した本人が不安になり、周囲との間に壁を作ってしまうこともあります。本人がやりたいことを実現し、心残りなく最期を迎えるためにも、時に「本当のことを伝える」ことは必要です。
医療従事者自身が「自分が患者だったら」と考えること、またエンディングノートや人生会議などを通して、日頃から自分の希望を話し合うことも大切です。最期まで自分の人生の主人公でいられるよう、医療者が誠意を持って寄り添うことが、患者と家族の後悔のない選択につながるのではないでしょうか。