たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第44回 AYA世代のがん患者~残される家族との向き合い方

AYA 世代とは、Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)のことで、一般的に15歳から39歳までの世代を指します。この世代は、思春期から若年成人へと移行する期間であり、就学や就労、恋愛、結婚、出産など、人生において重要なイベントが集中する時期です。そのため、この世代でがんを発症すると、様々な影響を及ぼす可能性があります。

30代でがんを宣告されたヒロトさん
働き盛りの30代でがんの告知を受け、さらに末期だと伝えられる──それは、患者本人だけでなく、家族や医療者にとっても非常に過酷な現実です。
ヒロトさん(35歳・仮名)は、妻と小学生の子ども2人と共に穏やかな日常を送っていました。数年前から血便に気づきながらも受診を先延ばしにしていたところ、妻の勧めでようやく検査を受け、直腸がんと診断されました。手術後も抗がん剤治療を続けていましたが、半年後に再発と転移が判明。高熱や血尿といった副作用に苦しみながらも、治療を継続していました。
がん発覚から1年半、痛みが強まり自宅での療養を希望するようになり、訪問診療が始まりました。病院からは妻に「余命半年」と伝えられていたものの、本人には告知されておらず、希望を持って治療を続けていたため「厳しい説明はできない」と医師は判断していました。しかし、医師が死を見据えた説明を避けたままでは、本人も家族も死とどう向き合えばいいのかが曖昧になってしまいます。 当院の主治医はヒロトさんと同年代で、同じく二児の父。家族の不安や本人の苦しみに共感し、ヒロトさんやご家族に「先を見据えた対話を」と働きかけました。妻は悩みながらも、介護や子育てへの不安、夫のやりたいことなどを語り、医療者の支えに少しずつ心を開いていきました。

妻と母、支える家族の葛藤
ヒロトさんは口数の少ない穏やかな性格。代わりに妻が訪問診療や看護、福祉サービスの調整などを積極的に担っていました。しかし、予後に対する不安や経済的負担、育児の重圧が重なり、次第に感情が不安定になっていきました。ヒロトさんに「父としての責任」を求める一方で、現実の厳しさに直面しきれず、口論になることもありました。
一方、ヒロトさんの母は、息子の「今」を最優先に考え、やりたいことを実現する手助けに力を注ぎました。その姿勢に妻は感謝しながらも、将来への備えがないように感じ、互いの思いは平行線のままでした。
ヒロトさんは「家族のそばにいたい」という思いと、「妻の負担を減らしたい」という気持ちのはざまで揺れながら、次第に母の元での療養を選ぶようになりました。実家での療養中は、医師がガンダムのバルーンアートを届けたり、お花見や映画鑑賞を共にするなど、本人の楽しみを支える工夫が多職種でなされました。ただ、妻や子どもたちがその場に加わることはありませんでした。

本人の意向に寄り添うということ
AYA世代のがん患者は、親・配偶者・子どもという複数の関係性の中で、それぞれ異なる立場からの思いが絡み合います。意見が分かれる場面でも、基本は「本人の意向を最優先にする」ことが大切です。
ヒロトさんは、言葉少なながらも「実家で過ごしたい」とはっきり意思表示しました。主治医はその思いに沿って支援を進めつつ、妻や子どもたちとの距離感に葛藤も覚えていたと言います。 訪問診療は、病気を診るだけでなく生活そのものに寄り添う医療です。すべての人の納得は得られなくても、本人の意思を中心に据えて、支援を積み重ねていく――それが、AYA世代のがん患者と家族に向き合う私たち医療者の姿勢であるべきなのです。

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