たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第52回 在宅医療がつなぐすぐそばにある幸せ

私たちが約3年にわたって多職種で支えた、ヒデオさんと娘のアキコさん親子の物語です。

私たちがヒデオさん親子と関わるきっかけは、アキコさんがお母様を自宅で看取られた後、「今度はお父様も」と依頼してくださったことでした 。
お母様の時は「もっと早く在宅医療を知っていれば…」という心残りもあったそうですが 、ヒデオさんの介護では全く違いました。
ヒデオさんは99歳 。肺や心臓の病がありましたが、本人とご家族は「入院はせず、自宅でできるだけの治療を」と希望されました 。
アキコさんは献身的に介護され、嚥下体操や食事の工夫、リハビリや栄養指導にも意欲的でした 。アキコさんが語ってくれた、在宅医療に切り替えてからの生活は「とても濃くて深いもの」でした 。
通院していた頃、「お歳だから」と簡単に済まされ落ち込むことも多かったそうですが 、在宅医療では、看護師やリハビリ、栄養士など、様々な専門職がどんな小さなことにも丁寧に向き合い、すぐに対応する。この多職種連携が、心から安心できる環境であったと振り返ります。 「いつでも相談できるという安心感」がアキコさんの心の落ち着きとなり、それがヒデオさんにも伝わりました 。

ヒデオさんは、映画鑑賞や野球観戦、娘さんとの晩酌といった「日常」を楽しみ続けました 。正月にはおせちを囲み、「今年も元気に迎えられたね」と笑い合う時間もありました。 そして、訪問看護の学生に「幸せな時」を聞かれたヒデオさんは、「娘とやり合っている時」と即答し、アキコさんは満面の笑みを浮かべました 。病気が治らなくても、「今日を楽しく生きる」ための支えを在宅医療が与えていたのです 。

介護は「最期に向かって全力で走る」のではなく、「今のこの暮らしをどう続けるか」という日々の延長線上にある、とアキコさんは言います 。お母様の看取りの時は「ごめんね」という気持ちが大きかったそうですが、お父様のヒデオさんを見送る時には、自然と「ありがとう」という思いが溢れていた そうです。

「自宅で大切な人に囲まれ『ありがとう』と送り出せる。在宅医療は、本人のためだけでなく、残される者の心にも光を灯すものだと思います。」
アキコさんは「老いることが苦痛ではなくなる」「最期まで希望を持てる」という人生のかたちを知ることができた、と感謝を語ってくれました 。

在宅医療という選択肢は、決して特別なものではありません 。多職種が連携し、「その人らしい暮らし」を守る 。その積み重ねが、患者さん本人だけでなく、ご家族にとっても後悔のない時間をつくるのだと思います 。

ヒデオさんの穏やかな暮らしとアキコさんの思いが教えてくれたこと。それは、幸せは遠くにあるのではなく、目の前の「いつもの日常」のなかに確かに存在しているということです 。
これからも、私たちは病状だけでなく、患者さんの気持ち、ご家族の思い、日々の生活の様子まで、すべてを共有しながら寄り添っていきます 。
あなたにとっての「幸せな日常」を最期まで続けるために、在宅医療という選択肢を、ぜひ考えてみてください。

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