たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第54回 他者の痛みに想像力で向き合う

今回は、私たちが20年間にわたって関わらせていただいた、あるALS患者さんとご家族の物語です。
タダシさん(仮名)は、51歳の時にALSと診断されました。学生時代は登山に打ち込み、地域の運動会では毎回大差で一位を取るほどのスポーツマンでした。
最初の異変は、テニス中の左足の震え。整形外科を受診しても改善せず、半年後に脳神経内科でALSと診断されたのです。

選択の連続
ALSという病気は、本人とご家族に、幾度となく選択を迫ります。
胃ろうを造設するか。気管切開をするか。人工呼吸器を装着するか。
「家族に負担をかけて生きていくのか、それとも死を選ぶのか」──この問いは、あまりにも残酷で理不尽です。
診断から半年後、タダシさんは寝返りが困難になりました。妻は夜中に何度も体位交換を行わなければならなくなり、寝不足の日々が続きます。
やがて食事中に誤嚥が増え、唾液や痰をうまく吐き出せず、窒息の可能性もあったため病院へ救急搬送されました。この緊迫した状況の中、気管切開の選択を迫られたのです。
タダシさんは気管切開を選択しましたが、自発呼吸は維持されており、人工呼吸器装着の判断は先送りとなりました。しかし、それはいずれ直面する大きな課題だと、誰もが理解していました。

苦悩と対話の積み重ね
タダシさんと妻は、人工呼吸器について、幾度も意見を交わしました。

気管切開から5カ月後──
妻:「現時点で本人は呼吸器をつけないと言っています。私自身も罪悪感があって、何度も確認してしまいます。『もう決めたのだから何度も聞かないでほしい』と本人に言われました」

10カ月後──
タダシさん:「呼吸器をつけてまで生きるのは嫌だと思っています。そうは言っても、最後までわかりませんね」
妻:「私自身も迷っています」

11カ月後──
妻:「私が生きている間は支えたいけれど、もし私が亡くなったら、子どもたちだけでは介護できません」

一度決めても揺らぐのは当然なのです。気持ちは何度でも変わっていい。考え、話し合うことは、後悔のない選択をするために非常に大切なことです。私たちは、そのことをお伝えし続けました。

人工呼吸器装着、そして新たな日々
気管切開から3年が経ち、タダシさんはついに人工呼吸器を装着したのです。
本人は「それでも生きたい」と望み、妻は「本人の意思を尊重したい。できる限り支えるが、介護できなくなった時のために療養できる病院等を確保しておきたい」と考えました。
人工呼吸器の装着後、呼吸が楽になっただけでなく、長年悩まされてきた生死を左右する選択から解放され、気持ちも楽になったと言います。
還暦の年には、学生時代の山仲間と石鎚山を訪れる小旅行も叶いました。医師や看護師が同行してコンサートや野球観戦、ドライブなど外出の機会も増えました。仲間と過ごした時間は、タダシさんにとって大きな励みとなったことでしょう。

担当医の交代
発病から20年、コロナ禍で外出が難しくなり、妻も体調を崩すことが増え、タダシさんは施設への入所を決断されました。
施設入所とともに、家族に寄り添ってきたベテラン医師は、担当エリア外のため主治医を離れました。
その医師は今もこう語ります。
「担当を続けられなくなったのは心が痛むし、選択が正しかったのか今でも悩むこともあります。しかし、過去に戻ったとしても、タダシさんの選択を誘導するようなことは絶対にしないと断言します。考え得るあらゆる選択肢とその選択による経過を説明したうえで、本人やご家族と一緒に悩み、出された選択に寄り添う。それは、ほかでもない本人の人生だから、後悔のないように選択してほしいと願うからです」

想像力で考える痛み
他者の痛みや苦しみは、その人自身の体験であり、同じように感じ取ることはできないのでしょうか。
しかし、当院のベテラン医師は次のように言います。
「苦痛は患者本人しかわかりませんが、『想像力』を通じて他者の痛みを理解することができる。私たちは『想像力』を働かせることで、少しでも近づき、寄り添うことができるのではないでしょうか」と。

社会的資源の整備が不可欠
ALS患者と家族には、命を左右する選択の連続、介護疲労、金銭的な負担など、大きな重圧がかかります。こうした状況を和らげるには、社会的資源の整備が不可欠です。
神経難病患者を受け入れる病院や施設は全国的に不足しています。医療依存度の高さや人材不足、経営的負担が背景にあるからです。社会的資源の不足によって本人の意思決定が左右される現実は、看過できない問題です。

おわりに
医療者も地域も、そして社会全体が、「想像力をもって寄り添う」姿勢を忘れずにいれば、患者本人とご家族は納得のいく選択を模索できるのではないでしょうか。
タダシさんとご家族に、これからも、落ちついた幸せな時間が訪れることを祈るばかりです。

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