著者:永井康徳
その日、一人の研修医が、患者さんの部屋の扉の前で、立ち止まっていました。
ノブに手をかけたまま、動けない。
中にいるのは、もう治療のできない、がん末期の患者さんです。
「何を話せばいいんだろう」――その一歩が、どうしても踏み出せない。
研修医の悩み
当院には毎年、全国から三十名ほどの研修医がやってきます。そして彼らが必ず向き合うのが、死を前にした患者さんとの関わりです。
「病室を訪ねても、何を話せばいいか分からない」 「扉の前で、つい足がためらってしまう」
多くの研修医が、私にそう打ち明けます。 そして実は、これは医療者だけの悩みではありません。大切な人が重い病気になったとき、ご家族も、ご友人も、まったく同じところで立ち止まるのです。
気の利いたことを、言わなくていい
そんなとき、私が決まって伝えていること。 それは――「気の利いたことを、言おうとしなくていい」ということです。
医師になりたての若者が、人生の大先輩に、立派な励ましをかけられるはずがありません。そして、しなくていいんです。
「何を言ってあげられるだろうか」と気負うほど、足は重くなる。訪問が怖くなる。皆さんにも、思い当たることがあるんじゃないでしょうか。
ただ、聴くことに徹する
では、何をすればいいのか。答えは、とてもシンプルです。
ベッドの傍らに腰をおろし、患者さんの言葉に、ただ耳を傾ける。静かに相づちを打ちながら、その人を分かろうとする。それだけで、いいんです。
私はこれを「Being医療」と呼んでいます。何かを「する」のではなく、ただそこに「いる」こと。傍らに身を置いて、耳を傾ける。それが緩和ケアでは、大きな意味を持つのです。
味方に、心を開く
不思議なものです。親身に聴いてくれる人に、私たちは自然と心を開きます。「この人は自分の味方だ」と感じるからでしょう。
すると患者さんは、ぽつり、ぽつりと、胸の内を語り始めてくださる。
立派な助言をしたから信頼されるのではありません。理解しようと耳を傾ける人がそこにいる。それ自体が、患者さんの支えになるのです。
心を開いてくださってはじめて、その方が本当に大切にしていること、最期の願いが見えてくる。そこから、その人らしい在宅医療が始まります。
一般の方へ
これは、医療の現場だけの話ではありません。
皆さんの周りにも、悩んでいるご家族、元気のないご友人がいるはずです。私たちはつい、答えを出してあげようとします。でも相手が求めているのは、立派なアドバイスではないことが、案外多いのです。
ただ、隣に座って、うなずきながら、最後まで聴いてくれる人。 巧みな言葉よりも、誠実に聴く姿勢。 それは大切な誰かと向き合うとき、きっと通じるものだと思います。
気の利いたことは、言わなくていい。 ただ傍らに座って、ひたすら聴く。 それだけで、あなたは、その人の「味方」になれるのです。
今回のお話が、何かのヒントになれば嬉しいです。