たんぽぽコラム

在宅医療の質を高める

著者:永井康徳

  

第6回 ポジティヴヘルス~「健康」とは何か?~

少子高齢化に歯止めはかからず、日本の高齢化率は今や世界一となり、超高齢社会に突入しました。「超高齢社会」とは、人口に占める高齢者の割合が21%以上の社会のことです。高齢になると、老化により病気や障がいを持つ人が多くなり、医療費や介護費などの社会保障費は増大していきます。この高齢者の社会保障費を、人口が著明に減少する15歳から64歳の「生産年齢人口」と言われる人たちが今後負担するのは難しいと予測されています。そこで今、人口が増える高齢者の医療費の自己負担割合を増やそうという議論が、国を挙げて行われているわけです。しかし、病気の予防に努め現代医療でいくら治療したとしても、老化や病気、障がいがなくなることはありません。

皆さん、「健康」とは、どういうことを言うのでしょうか?例えば、健康診断で高血圧や糖尿病の異常値を指摘され、その治療が始まると、多くの人は「健康ではない」と自己認識し、病気がないこと、いわゆる検査値の正常化を目指すようになります。身体的に健康であり続けることは、多くの方の望みではありますが、果たしてそれだけでいいのでしょうか?
私たちが日々訪問診療している患者さんたちは、老衰や後遺症、難病等で寝たきり状態となり、ご家族や多職種から丁寧な介護を受けて暮らしている方がたくさんおられます。重度の障がいを持つ方でも、私たちの想像を遥かに超えるバイタリティを発揮し、趣味を楽しみ、社会で活躍している方もおられます。人工呼吸器を付けている子供さんが、とびっきりの笑顔で周りとの関わりを深める光景を見ることもあります。このように、寝たきりの状態であっても、毎日を懸命にやりがいを持って生きている方たちがたくさんおられるのです。このような方たちに接する度に、病気や障がいの有無は、その人の健康や幸せの基準にはならないことを私たちは教えられるのです。

「障がいは不便ではあるが不幸ではない」というヘレン・ケラーの言葉が思い出されます。「病気や障がいがあることは、不健康で不幸なこと」そんな概念が当たり前になったら、高齢化が世界一のスピードで進む日本社会は、間違いなく不幸ということになります。今の高齢者の方々は、第二次世界大戦後の焼け野原の日本から、並々ならぬ努力とエネルギーで現代の豊かな日本を築き上げてこられたことも忘れてはなりません。

あなたにとって「健康」であることは幸せの条件ですか?もちろんそうだと答える方は多いことでしょう。「健康」とは目的ではなく、本人が大切だと考えること(生きがい)を達成するための手段である。「治療」とは「正常に戻す」行為ではなく、「疾患や障がいに適応する能力を支援する」行為であること。健康になるために必要なのは、「専門職による評価」ではなく、「本人主導の対話」であること。これはオランダの家庭医ヒューバー氏が、2011年に提唱した「ポジティヴヘルス」という概念です。健康とは、誰かに決められたり、誰かの物差しで測られるものではなく、その人の中から湧き上がるもの。「健康」であるか否かは、「医療」による評価ではなくて、「本人」が決める。健康の主導権は「本人」にあるというのです。「健康」を社会的、身体的、感情的問題に直面した時に、適応し、本人主導で管理する能力であると提唱しています。つまり「疾患や障がいがあっても、周りの力を支えにして、気落ちすることなく人生を前向きに歩いて行けること、その力こそが『健康』である」という考え方です。

確かに、身体が「健康」であることは幸せで、感謝にたえない価値のあることです。しかし、私たちは、「健康な状態」でなくても、幸せに生きている人をたくさん知っています。神経難病で人工呼吸器を装着しているAさんは、寝たきりの状態ですが、患者会の会長として役割を果たしており、医療・介護に携わる人たちの教育者でもあります。Aさんのもとには県内にいる難病の方の情報が集まり、その方々のアドバイザーでもあります。自分を介護するヘルパーさんを自ら雇用し、ヘルパー事業所の運営もしています。好きな映画鑑賞や、ペットとの暮らしを楽しみ、充実した毎日を送っています。

「ヘルスケア」(健康管理)という言葉をご存じでしょうか?病気や治療に囚われているヘルスケアは、実際は『健康のケア』ではなく、『疾病のケア』であり、医療者は『疾病』ではなく『健康』を扱える時代にならなければいけない。『社会の医療化』ではなく、『医療の社会化』が必要であるといわれています。

高齢化の進む日本社会においても、医療者によって振り分けられる健康ではなく、本人自らが能動的に決める健康が大切ではないでしょうか。疾病や障がいがあっても、一人一人が「幸せ」を実感する社会になってほしいと思うのです。その糸口が「ポジティヴヘルス」の概念を土台とした取り組みなのかもしれません。

私は日々、在宅医療の現場で、患者さん達が悩みながらも輝いて生きる姿を目の当たりにし、決して不幸ではないのだと確信しているのです。

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