たんぽぽコラム

在宅医療の質を高める

著者:永井康徳

  

第9回 恩返しの俵津プロジェクト

「診療所がなくなってしまう。何とかしてくんなはい!」俵津住民の男性が、この窮地に私のことを思い出し、へき地診療所を立て直す「俵津プロジェクト」が立ち上がりました。

小さな診療所の閉鎖は、町の人の生活や人生までも脅かす大問題でした。たんぽぽ俵津診療所の前身である国保俵津診療所に勤めていた約5年間、若い私を医師として、人間として育ててくれた俵津住民の皆さん。私が新たな志を抱き診療所を去る日、診療所の駐車場から続く道を埋め尽くし、野福峠の沿道からも車が見えなくなるまで見送ってくれました。この皆様への恩返しのためにも、どうしても成功させたいと臨んだプロジェクトでした。私たちの法人は、試行錯誤を繰り返しながら診療所再生への道をあゆみ始めたのです。

2012年4月、西予市から民間移譲を受け、「たんぽぽ俵津診療所」がオープンしました。外来診療と在宅医療を組み合わせることで、通院困難な方でも自宅で診療を受けることができます。「この俵津から離れたくない」と望まれる住民は、どんな状態でもここで暮らし続けることができ、家族に囲まれて自宅で最期を迎えることも可能になったのです。へき地診療所での勤務を安定的に継続させるため、松山市のたんぽぽクリニック本院の医師でチームを作りました。私たちは現在も曜日毎に交代で俵津診療所に出勤し、その夜には診療所の隣にある医師官舎に宿泊して夜間の診療にも対応しています。翌朝、勤務を終え松山へと出発する頃、次の医師が俵津診療所へ向かっている訳です。

この前例のない新しいシステムを取り入れたたんぽぽ俵津診療所の開設には、西予市だけではなく、俵津住民の方々の協力と応援がありました。今でも診療所を盛り上げようと住民の方からの有形無形の協力があり、俵津診療所を訪れる見学者は、診療所の待ち合い室の和やかな雰囲気からも私たちの絆を感じるといいます。この診療所は、地域の方々の暮らしを支えているのかもしれませんが、地域の方々から診療所も支えられているのです。

無医地区になるかもしれないという危機から、住み慣れた自宅での穏やかな看取りも可能な地域へと転換を成し遂げた、地域住民と俵津診療所のこの取組みは「第一回日本サービス大賞地方創生大臣賞」を授賞しました。究極の医療とは『地域づくり』だと思います。住民と一体になって取り組んだことが評価されたことに大きな意義を感じています。このシステムが全国へ普及し、各地のへき地医療や地域医療がさらに活性化していくことを願っています。


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