たんぽぽコラム

在宅医療の質を高める

著者:永井康徳

  

第10回 地域に根ざす

たんぽぽクリニックを開業する場所を決める時、私は自分が生まれ育った地域の方に恩返しがしたいと思い、社屋を実家のある地域に建て、その後に自宅もクリニックの近くに移しました。近所を散歩したり、スーパーで買い物をしていると、患者さんやご家族と遭遇することがよくあり、自宅の隣も実は患者さん・・というような、地域と濃密な関係にあります。

ある休日のことです。私が自宅を出たところ、目の前を酸素ボンベがガラガラと通り過ぎようとしていました。医療用の携帯型酸素ボンベだったので、職業柄まず目についたのですが、よく見ると私の在宅患者さんと奥さんでした。患者さんは長年たばこを吸っていたため肺気腫を患い、在宅酸素療法を行っていました。本人は若い頃に公務員として勤務され、なかなか厳しい性格で、奥さんには特に厳しく接しているように見えました。「奥さんには厳しいんですね」と私が奥さんに言うと、「私がハイハイと言っていたら、本人も落ち着くんですよ」と夫の扱いには慣れている様子です。

そんな奥さんに引っ張られるようにして、本人がハーハーとつらそうに息をして私の前を歩いていたのです。いつもパジャマ姿でベッドに横たわっていたので、きちんとした服を着て屋外を歩いている姿は意外で少し感慨深いものがありましたが、とにかくつらそうな本人を何とかしなければと思い、声をかけました。
「どうされたのですか?」と聞くと、「今から散髪屋さんに行くんです」と奥さん。二人が歩いている道は、高齢者が歩くにはつらそうな坂道です。わざわざ出かけなくても、家に来てくれる訪問理容もあるんだけどな・・と思ったのですが、これがご夫婦二人の暮らし方なら、それもいいのだと触れませんでした。患者さんの酸素ボンベを確認したところ、目盛りは1リットルのままです。「歩くときは2リットルか3リットルに上げるようにお伝えしましたね」と言うと「そうでしたっけ?」とキョトンとされる奥さんに、「ああ、あれだけ毎回話して、『わかりました』と言っていたのに、実はまったく伝わってなかったんやな、伝え方を考えないと・・」と心の中で反省しました。酸素ボンベの出力を上げると、「ああ~楽になった~!」と患者さんは言い、また二人で歩き始めたのでした。

在宅医療は生活の中の医療とはいうものの、患者さんの生活そのものを見る機会はあまりありません。今回は、患者さんの近所に住んでいたからたまたまわかったことです。「地域に密着するかかりつけ医」の意義をあらためて体験した出来事でした。

ちなみに、数年前私に町内会長役が回ってきて、お祭りや一斉清掃の準備や運営、広報物の配布や苦情処理などの仕事を務めました。住み慣れた地域にあるクリニックの医療者として、自分自身も一住民として、地域とガッツリ関りながら、治らない病気や障がいを持っても、誰もが最期まで安心して住み続けられる地域づくりに役立てたらと願っています。

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