たんぽぽコラム

在宅医療の質を高める

著者:永井康徳

  

第24回 在宅医療の質=理念(熱い思い)×システム(ノウハウ)×人財(制度の知識)

私は、これまで在宅医療の診療所を運営してきて、組織の質を高めるためには、理念とシステムと人財の3つのどれもが必要だと思います。組織に高い理念はもちろん必要ですが、疲弊し過ぎていては、理念の実現も難しいでしょう。そして、その理念を実現する人財をしっかりと育成する必要があります。志の高い職員は、疲弊しないシステムができると自ずと高い理念を持って患者本位の医療を行うようになると思うのです。それが在宅医療はシステム医療と呼ばれる所以だと思います。

一つ目は理念です。理念はたくさんありますが、一つ例を出してみましょう。私たちは患者さんやご家族の在宅療養や看取りをサポートする役割を担いますが、ただ医療を施すだけでは、患者さんは満足する療養ができません。どう患者さんの「生きること」を支えるのでしょうか?
患者さんには、たとえ終末期でなくても、「食べられなくなったらどうしたいか?」「どこで亡くなりたいか?」「延命治療を受けたいか?」ということをできるだけ聞くことが大切です。それは「どう生きたいか」を知ることだからです。人生の終まい期にとことん病気と闘いたいのか、それとも寿命が多少短くなっても楽なようにやりたいように生きたいのか。最期までどう生きたいかを問うことは、決して酷なことではありません。死に向き合うことはどう生きたいかを問うことです。患者さんの望む生き方を支えるためにも、まずはその人がどう生きたいと思っているのかを知ることが大切なのです。そして、どんな状態になっても適切なケアが受けられ、最期まで自分らしく生きることができることを患者さんに伝えていきましょう。

二つ目はシステムです。在宅医療で大切なシステムには24時間対応があります。患者さんやご家族に安心してもらうために、24時間体制の維持は在宅医療には必要不可欠です。絶対に24時間対応が必要な以上、1人で対応するのではなく、複数の体制で疲弊しない形で24時間体制を構築することが大切です。
従って、その体制を構築するためには、グループ診療もしくはチーム医療が必要不可欠です。院内で複数体制を構築するか地域で機能強化型として連携するか、訪問看護ステーション等とのチーム医療を構築するかのいずれかだと思います。この24時間対応体制を疲弊しない形でどう構築するかが課題だと思います。単独職種の複数体制だけで対応するのではなく、情報の共有と方針の統一ができた質の高い多職種チームを作り上げ、疲弊しないシステムを構築することが患者本位の在宅医療を展開することにつながります。
そして、多職種連携のチームに大切なのは、「情報の共有と方針の統一」です。今の時代ですから、優れたICTツールを上手く活用すれば情報の共有は簡単にできます。ただ、複数体制や多職種連携を機能させるためには、やはりミーティングを行わないとチームで同じ方向を向くことは難しいと思います。単独職種で関わるのではなく、ITツールもうまく用いて多職種のチームで連携しながら、情報の共有と方針の統一を図りながら関わることが大切です。疲弊しないシステムの鍵は、この「情報の共有と方針の統一」ではないかと私は考えます。

三つ目は人財です。私は介護保険がはじまった2000年に愛媛県ではじめての在宅医療専門クリニックとして開業しました。開業当初は、在宅医療に精通した職員はおらず、介護保険や在宅医療の医療保険についても全く知らない職員達でした。気がつくと、「知らない」ことが当たり前の組織になっていました。訪問看護が医療保険から入るのか、介護保険から入るのかも分かっていないのです。自分が行うサービスがどこからお金が出て、自分が提供するサービスの金額がいくらなのかも分かっていませんでした。そのような状況で患者さんに説明したり、自信を持ってマネジメントできる訳がありません。「患者さんにとって医療者の無知は罪」になると思ったのです。

それから私は、開業の翌年から職員向けに在宅医療の制度に対するテストを実施してきました。テストを開始した頃は職員の理解も得られず、不安や反対の意見も多く、自分たちにテストをするのかと憤慨してテストを突き返す職員さえいました。しかし、そのような職員こそ必要な知識がない職員でした。最初は私自身がテキストを作成し、手作りのテストを作って職員に実施してきましたが、2009年から全国の医療機関からの要望もあり、全国の医療機関や事業所に公開して参加枠を広げ、「全国在宅医療テスト」を無料で実施してきました。その後、全国在宅医療テストは、北海道から沖縄まで全国から参加されるようになり、2022年度は約3,000人が参加されるまでに規模が拡大しています。毎年、事業所単位で参加されるケースも多く、年に1回在宅医療制度の知識を勉強する機会を設けることで、患者をマネジメントする知識の習得に役立っています。「知識を知らなくて当たり前」の組織から「知識を知らないと恥ずかしい」という組織に変革する事ができれば、在宅医療の質を高める人財を育成できるのではないかと考えています。

在宅医療が普及し始めると、次に求められるのは、その「質」になるでしょう。ただ訪問して、決まったサービスのみを提供するのではなく、どのような質の高い在宅医療を提供できるのかが問われることになると思います。
私は、在宅医療の質は、理念(熱い思い)×システム(ノウハウ)×人財(制度の知識)で表すことが出来ると考えています。ロケットに例えるなら、目指すべき目標である「理念」だけでは、ロケットはどこにも向かえません。しかし、それに「システム」というエンジンがつき、操縦者に優秀なスタッフ「人財」がそろえば、その相乗効果で、はるか宇宙も目指せると思うのです。質の高い在宅医療には、理念、システム、人財のどれもが欠かせません。それぞれを磨いていき、さらなる高みを目指していきましょう。

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