たんぽぽコラム

在宅医療の質を高める

著者:永井康徳

  

第31回 管理栄養士が在宅患者と家族にもたらす喜び

在宅患者の自宅に出かけて食事指導をする管理栄養士のニーズは、近年とても高まっています。全国の在宅医療や介護に熱心な事業所は、在宅患者への食支援に積極的に取り組んでいます。在宅医療の現場において、管理栄養士の皆さんは、医療従事者では絶対にできないことができる!ということをご存知でしょうか?

90歳の綾乃さん(仮名)は、自宅に帰ることを目的として、療養病床から当院の病床「たんぽぽのおうち」に入院になりました。脳梗塞を繰り返した綾乃さんは、寝たきりで意思の疎通も難しく、栄養も経鼻胃管栄養で摂取していました。綾乃さんは嚥下機能に問題はありませんでしたが、食思不振のため、経管栄養となっていたそうです。しかし、当院に入院する少し前から、ご家族が何か食べているのを見ると、口を開けたり、手を出したりする仕草があり、「もしかしたら、口から食べられるのでは?」とご家族は希望を持っていました。

「たんぽぽのおうち」では、摂食嚥下の機能評価を行ったり、言語聴覚士が摂食嚥下リハビリを行ったりしながら、少しずつ口から食べる取り組みを始めました。綾乃さんは傾眠傾向で、口から十分な栄養を賄うことができなかったので、経管栄養で主な栄養管理を行い、楽しみの一つとして口から食べる練習をすることになりました。医師、言語聴覚士、調理師、そして管理栄養士が一緒になって、綾乃さんが食べられそうな一品を作って提供したところ、ご家族は口から食べる綾乃さんの姿を見て、涙するほどに喜んでいました。

さて、この綾乃さんが退院して自宅に戻ったら、どんなケアが必要になると思いますか?どんなケアが喜ばれると思いますか?様々なサービスが必要となりますし、実際に綾乃さんも多職種のサービスを利用されました。ご家族が一番喜んだケアは、当院の管理栄養士による訪問栄養指導でした。
ご家族は、「綾乃さんに口から食べてもらいたい、食べさせたい!」と強く思っていたのですが、自宅に戻って介護を始めると、綾乃さんのために何か作って食べさせるという余裕はありませんでした。それに、家族だけの時に綾乃さんに食べさせて、もし誤嚥をさせてしまったら…と思うと、そうそうは食べさせてあげられなかったのです。そこで、管理栄養士の登場です!病床で担当していた管理栄養士が、引き続き自宅に訪問して指導することになったのです。

当院の管理栄養士の訪問栄養指導は、まるで調理実習の時間のようだったそうです。管理栄養士はご家族と一緒にキッチンに立ち、綾乃さんのためのムース食を作りました。ご家族にとっては、普段の慌ただしい介護から少し離れ、綾乃さんが喜んでくれることを一緒に楽しめる時間でした。綾乃さんの好物のえびの蒸しものやチーズケーキ、ぼたもち、マグロ寿司など、多くのムース食を作りました。そして、作ったものを綾乃さんに味わってもらう…。傾眠傾向が強く、意思疎通が難しい綾乃さんに食べる介助をするのは、管理栄養士にとっても難しいことです。
そこで、綾乃さんが食べる時間に合わせて、言語聴覚士のリハビリに入ってもらいました。言語聴覚士が嚥下機能訓練をした後、ご家族と管理栄養士が一緒に作ったムース食を食べてもらうのです。そうすることで、万が一の時の対応が準備できる中で安心して食べていただけます。いつもはほとんど目を閉じて眠っている綾乃さんでしたが、ムース食を食べるときはしっかり目を開け、表情も生き生きとされています。その様子を見守ることが、ご家族にとっては喜びになりました。普段は食べさせてあげられない手作りのムース食を、管理栄養士が訪問したときにだけ、食べさせることができる。管理栄養士が訪問する時間は、綾乃さんにとっても、ご家族にとっても、とても幸せな時間だったのです。

経管栄養や胃ろう栄養をされている在宅患者さんは大勢います。高度の認知症であったり、意思疎通が難しかったり、寝たきりで外出することも困難です。それでもご家族は、何か喜ばせること、楽しませることをしてあげたいと願っているものなのです。管理栄養士の皆さんは、そんな在宅患者さんに、口から食べる喜びをもたらすことができます。そして、このことは患者さん家族も幸せにします。管理栄養士だけで行うのが不安であれば、言語聴覚士や看護師、歯科衛生士など、他の職種にも関わって協力をもらえばいいのです。管理栄養士の皆さん、ぜひ在宅医療にチャレンジしてください。皆さんでなければできない食べる喜びにつながるケアを地域でどんどん広げていってください。

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