著者:永井康徳
在宅医療の特殊性に対応するために
複数名の医師がいる在宅クリニックの医師なら、当番や往診対応で、一度も訪問したことがない、担当外の患者を診なければならないケースもあるはずです。医療的なことなら、システムで情報の共有や方針の統一を図って対応できますが、患者宅への経路や駐車場、患者の居室など、訪問に必要な情報や家族関係の情報となるとどうでしょうか?
電子カルテに記載されていたとしても、それだけで十分に対応できるものでもなく、医師一人での訪問では不安になるものです。
さらに言えば、在宅医療では、このような医療以外の情報不足が引き金になって「こんなことも知らない医師が、ちゃんと診れるのか?」という医師不信につながることがあります。在宅医療には「患者がホームグランド、医療従事者はアウェイ」という特殊性があり、患者の家庭の事情や生活環境に応じて細かな配慮をしなければ、不信感やクレームにつながるという厳しい一面もあるのです。医師間で患者の医療情報を共有しているにもかかわらず、医療以外の情報不足のために「うちのことを知らない医者が来た」といったトラブルに発展するのは、大変残念なことです。複数医師体制の維持や医師の定着を図るためにも、このようなストレスやトラブルを未然に防ぐ必要があります。
「知っている人がいる」安心感
そのため当院では、医師が担当以外の患者を訪問する場合、「患者のことをよく知っている看護師が必ず同行する」というルールを作ってトラブル回避に努めています。普段の訪問診療から医師と看護師がペアで訪問しているため、看護師は個々の患家の事情に精通し、適切な対応も取れるようになります。医師が一度も訪問したことがない、またはあまりよく知らない患者の対応をする場合は、その患者や患家のことをよく知った看護師が同行してサポートするのです。
患者としても、見たことがない医師が来ても、普段家に来る顔見知りの看護師と一緒に来たというだけで安心できるものです。医師は患家までの経路や駐車場探しなど、患家に到着するまでの過程に煩わされない上に、看護師がいることでスムーズに患者や家族とのコミュニケーションが取れます。当院ではこのルールを平日の往診や訪問診療だけでなく、夜間や休日の当番時にも適用しています。
当院の本院には現在600名の在宅患者がおり、患者の居住地で南北に分けて「北チーム」「南チーム」として300名ずつの患者を担当し、1チームを医師5名、看護師5名で構成しています。
普段の訪問診療では、チーム内で医師・看護師がペアで訪問し、医師はチーム内であれば自分の担当患者でなくても訪問する機会を持つことで「チーム内の患者は1度は診療したことがある」という体制にしています。
医師は10名いますが、5名はサテライトの僻地診療所を担当し、本院の当番は5名の医師で対応。そのため医師は当番時に普段は対応しない、他チームの患者の往診をするケースがあるのです。
同行看護師には「5つの役割」を持たせる
同行看護師の5つの役割
①診療の補助
②診療の効率化
③患者情報の取得と共有
④在宅患者のマネジメント
⑤当番体制の維持と診療チェック
診療に同行するスタッフと言えば、診療車の運転や駐車問題、看護師確保の難しさから、最近ではドライバーや自院で育成したPA(フィジシャン・アシスタント)と同行する在宅クリニックが増えていますが、当院では一貫して看護師が医師とペアで訪問するスタイルを取っています。人材確保の困難さや高い人件費というマイナス面を強調されることが多い「看護師とペアでの訪問診療」ですが、私は同行する看護師に「5つの役割」を持たせることでメリットの方をより強く実感しています。特に「⑤当番体制の維持と診療チェック」は、医療の質の維持、向上に欠かせない、大変意義のあるものだと考えています。
看護師とペアで訪問診療を行っているクリニックの医師から「同行者は別に看護師でなくてもいいのではないか?事務スタッフでも同じことができるように思う」と言われたことがありますが、そのクリニックでは看護師に夜間・休日の当番をさせていませんでした。同行する看護師には「5つの役割」を持たせて初めて、その真価を発揮します。このことに気づかないまま、看護師とペアで訪問診療を行っているクリニックが多いのではないでしょうか。看護師同行は、単に「誰でも同行すればいい」と言ったものではありません。在宅医療の質を上げるために大切な役割を担っているのです。
【ポイント】
・在宅医療では、医療以外の患者情報不足がトラブルにつながることがある。
・患者をよく知る看護師が同行することで、医師も患者も安心できる。
・同行看護師に5つの役割を持たせれば、医療の質の担保になる。