たんぽぽコラム

在宅医療の質を高める

著者:永井康徳

  

第50回 最期まで自分らしく生きるために ~諦めなかった専門職たちの挑戦~

「自分でトイレに行きたい」
それは、末期がんの女性・シオリさん(仮名)が、退院して自宅に戻ったときに語った一番の願いでした。
シオリさんは10年前に患ったがんが再発。治療が難しい状態となり、「最期は家族と一緒に過ごしたい」と、自宅での療養を選びました。
訪問診療が始まり、ご家族と穏やかに過ごしていたある日。
深夜、シオリさんはトイレに行こうとしてベッドから転倒してしまいます。 家族は「もうトイレは無理なのかもしれない」と不安を抱き、主治医も「予後は1週間もない。オムツとカテーテルで」と判断しました。

でも、そこで諦めなかったのが、私たち専門職チームでした。
「最期まで自分らしく生きたい」という思いを叶えられるかどうかは、私たちの"諦めない気持ち"にかかっているのだと。
トイレに行けるかどうか、実際にリハビリで確かめてみようと、理学療法士の訪問を調整。しかし、その時にはもうシオリさんの体力は大きく落ちていて、トイレへの移動は難しい状態だったのです。
それでも、シオリさんとご家族は"試してみたこと"に納得されていました。
──たとえ願いが叶わなくても、諦めずに努力したその過程が、家族にとって後悔のない時間となるのです。

では、私たちに今できることは何でしょうか?
「家族と一緒にいたい」というシオリさんのもう一つの願いを形にしようと、看護師たちは"家族でハーバリウムを作る時間"を提案。
娘さんやお孫さん、ご主人がそれぞれの想いを込めた花を瓶に詰めると、シオリさんはうっすら目を開け、ハーバリウムを見つめていました。
その翌朝、シオリさんは静かに息を引き取りました。
最期まで家族に囲まれて、シオリさんらしく過ごせたこと。
そして、私たち専門職にとっても、「寄り添うことの意味」を深く学ばせていただいた時間でした。

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