著者:永井康徳
在宅医療で求められるのは、専門知識よりも患者対応力の高さです。医療従事者が技術や知識の向上に努めるのは当然ですが、それ以上に大切なのは、一人の人間として患者にどう向き合うかということです。
ある薬剤師の体験が、この真理を物語っています。70代の末期がん女性を担当した彼女は、夜間や休日でも薬を届け、家族と丁寧に向き合いました。専門的な処方提案よりも、人として寄り添う姿勢を貫いたのです。処方箋の調剤という業務を超え、ケアマネジャーや訪問看護師との「顔の見える関係」を築き、チーム医療の一員として患者家族を支えました。
患者が亡くなった葬儀で、娘は感謝の手紙を読み上げました。「母のような人たちが安心して家で過ごせる在宅医療がもっと広まることを願う」と。
薬剤師は「何も力になれなかった」と謙遜しましたが、実際は家族の心に深く刻まれる存在になっていました。終末期には薬は不要になっても、人としての彼女自身が必要とされていたのです。
医療従事者は「専門性をいかに発揮するか」と考えがちですが、真の目的は「患者が満足できる在宅療養生活」の実現にあります。技術や知識は基盤として重要ですが、それを患者や家族にどう届けるか、人としてどう関わるかが、在宅医療における真の専門性なのではないでしょうか。
専門性の本質とは何か
医療における専門性というと、私たちはつい「高度な技術」や「専門的知識」を思い浮かべます。しかし、在宅医療の現場では、それだけでは不十分です。なぜなら、在宅医療は患者さんの「生活の場」で行われる医療だからです。
病院では、患者さんは「患者」という役割に徹します。しかし自宅では、患者さんは同時に「父親」「母親」「夫」「妻」であり、長年住み慣れた場所でその人らしい生活を送っています。そこに私たち医療従事者が「お邪魔する」という関係性こそが、在宅医療の本質なのです。
なぜ「人として寄り添う」ことが専門性なのか
薬剤師の例が示すように、終末期になると薬物療法の役割は限定的になっていきます。しかし、それでもなお家族から「あなたが必要」と言われる。これは何を意味するのでしょうか。
それは、医療従事者としての「機能」を超えた、「存在」そのものの価値です。定期的に訪問し、変化を見守り、家族の話に耳を傾け、ともに悩み、ともに喜ぶ。この「ともにいる」という姿勢こそが、在宅医療における真の専門性の核心です。
チーム医療と「顔の見える関係」
在宅医療では多職種が関わります。それぞれが専門知識を持ち寄るだけでは、バラバラの医療になってしまいます。「顔の見える関係」とは、お互いの専門性を理解し尊重しながら、「この方が何を望んでいるか」「ご家族は何に困っているか」という人間的な視点を共有することです。