自宅での看取り

主人は脳梗塞の発作で入院し、延命治療の是非を問われましたが、家族と相談して「いいです」と答えました。
散々、入退院を繰り返し、苦しみながら透析している主人を見て、これ以上辛い思いをしてほしくありませんでした。
「看取りを家で」と言う私の気持ちに子供たちも納得してくれました。
その時は、最後は家族でその時を迎えたいと安易に思ったくらいで、看取りのことを深く考えていなかったような気がします。

なるべく子供たちに迷惑をかけないようにと、病院に通院し、トイレや食事も自分でがんばっていました。
体力もなくなり、だんだんとベッドから車椅子に移動するのも、子供たちの助けを借りなければできなくなりました。
最後の頃になると食欲もなくなり、寝たきりの生活が続いて、本人はしんどかったと思います。

私が看取りをしたいとわがままを言ったものの、病院の方がよかったのではと1人で悩んだこともありました。
素人の私が介護をするには、予想以上に大変なこともありました。
怒ったり泣いたり喧嘩したりする日もありましたが、それでも、家で生活したいと言う主人の願いは叶えられました。

季節を感じる庭先の花鳥のさえずり、見慣れた風景の中で、ゆっくりと家族との時間を過ごすことができたかなと、今は思っています。
あの時ああしてあげれば良かった、こうしてあげれた方が良かったと、今になって思うこともありますが、その時その時を頑張ってきました。

主人は、家族、親戚、親しい人の優しい言葉に包まれながら、私の腕の中で静かに眠っていきました。
自分がしんどいのに私の体を気遣ってくれたり、いつも人のことばかり心配する優しい主人でした。
主人との生活は、つらく悲しく苦しかった日よりも、楽しく笑った日の方が、きっと良い思い出となって残ると思います。

看取りはしんどいけど、人を優しくするし、強くします。
看取りは悲しいけど、一緒に過ごした日々の感謝に溢れます。